はじめに
不動産投資において、修繕は物件の価値を維持し、入居者の快適な生活を確保するために欠かせない重要な活動です。本記事では、修繕の基本や分類、費用管理のポイントを解説していきます。
修繕とは何か?
そもそも修繕とはどういうものなのでしょうか。修繕の基本を理解することで、その重要性を認識し、賃貸経営の戦略を立てやすくなります。
修繕の定義
国土交通省の「用語の定義」によると、修繕は次の意味になります。
劣化した部位・部材又は機器の性能・機能を原状(初期の水準)又は実務上支障のない状態まで回復すること。ただし、保守の範囲に含まれる定期的な小部品の取替え等は除く。
出典:国土交通省 用語の解説
つまり、修繕は建物・設備に損傷や故障が発生した際、その状態を元に戻すための作業を指します。修繕は通常、事後的な対応であり、問題が発生した後に行われます。例えば、壊れた設備の部品を交換したり、ひび割れた外壁の補修などが該当します。
保守との違い
先ほど典拠した「用語の定義」によると、保守は以下のように定義されます。
整備された建築物等の初期の性能及び機能を維持する目的で、周期的又は継続的に行う注油、小部品の取換え等の軽微な作業。
出典:国土交通省 用語の解説
保守は、設備や機器が正常に機能し続けるように維持管理するための活動です。これは予防的なアプローチであり、故障を未然に防ぐための点検やメンテナンス作業が含まれます。例えば、定期点検や清掃、部品の定期的な交換などが保守作業として行われます。
修繕の分類
修繕にはいくつかの種類があり、それぞれ目的や実施時期が異なります。分類を正確に理解することで、効率的な管理が可能になります。
予防修繕
予防修繕は、劣化や損傷が進む前に行う修繕です。実質的には先述した「保守」と同義であり、物件の長寿命化や修繕費の抑制につながります。
例としては、外壁の塗装や防水工事、屋根のコーキング補修などがこれに該当します。予防修繕を行うことで、大規模な事後修繕の発生を防ぎ、入居者満足度を高めることが期待されます。
事後修繕
事後修繕は、劣化や故障が発生した後に行われる修繕で、一般的な「修繕」に該当します。例えば、故障した給湯器の修理や雨漏り箇所の補修、排水管の詰まり解消などがこれに該当します。この修繕が遅れると、入居者満足度の低下や物件価値の損失に直結するため、優先順位をつけて迅速に対応する必要があります。
大規模修繕
大規模修繕は、建物全体の劣化を改善するための修繕で、一般的には12~15年ごとに実施されます。外壁や屋上の防水工事、配管設備の更新工事、共用部の全面改修などがこれに該当します。適切な大規模修繕を行うことで、建物の資産価値を長期的に維持できます。
大規模修繕の詳細については、後ほど詳述します。
原状回復工事
原状回復工事は、入居者が退去した後、部屋を次の入居者向けに整えるための修繕です。壁紙の張り替え、フローリングの傷補修、設備の動作確認と必要に応じた交換などがこれに該当します。これにより、物件が次の入居者にとって魅力的な状態を保つことができます。
修繕とリノベーションの違い
修繕に近いものにリノベーションがあります。両者はどう違うのでしょうか。
性能・機能の回復か改善か
修繕とリノベーションの最も大きな違いは、その目的にあります。修繕は、劣化や損傷した部位の性能や機能を元の状態に回復させることを主な目的とします。リノベーションは、性能や機能の向上、または物件に新たな価値を付加することを目的とした取り組みです。この違いを理解することで、物件の状態や目指すべき目標に応じた適切な選択が可能になります。
修繕では、壊れたものを修理し、元の状態に戻すことが重要です。例えば、使用できなくなった給湯器を修理して、入居者が快適にお湯を使える状態に戻します。この場合、修繕は緊急性が高く、費用対効果を重視した対応が求められます。
リノベーションでは単に壊れたものを直すだけでなく、物件の価値を向上させるための工夫が施されます。給湯器の例であれば、最新型の「エコキュート」(ヒートポンプ式給湯器)に交換して省エネ性能を高めれば、光熱費の削減を実現できます。このような施策により入居者満足度を高め、賃料アップや長期的な入居者確保につながる場合もあります。
リノベーションは居室全体の再構築にも適用されます。築古物件にありがちな一昔前の間取りを現代風に変更し、オープンキッチンやワークスペースを設置して、物件の市場価値を大幅に向上させられます。
修繕は、既存の設備や建材を可能な限り活用し、最低限必要な工事で対応するのが一般的です。ひび割れた外壁を補修する場合、現状の外壁材をそのまま活用して問題を解決します。リノベーションでは、外壁の素材を高耐久のものに変更したり、デザイン性を高めて見た目の一新が目標となります。
修繕は短期的な問題解決を目指すのに対し、リノベーションは長期的な視点での投資効果を考慮します。修繕はコストを抑えることが重視されますが、リノベーションでは高い初期投資が必要になる場合が多いものの、その結果として賃料収入や資産価値の向上を見込めます。
修繕費か資本的支出か
修繕とリノベーションを会計上の扱いによって区分するケースがあります。この場合は、修繕は「修繕費」に、リノベーションは「資本的支出」になります。修繕費と資本的支出は会計上の扱いが異なり、税務計画に大きな影響を与えます。それぞれの区別を明確に理解しておきましょう。
修繕費とは、小規模な修繕や原状回復のための作業を指します。これらは経費としてその年に全額計上可能であり、不動産所得を計算する際に経費として控除できます。例えば、壊れたドアノブの交換、給湯器の一部修理、壁紙の張り替えなどが修繕費に該当します。
一方、資本的支出とは、物件の資産価値を高めるための改修や、建物の性能を向上させる工事を指します。これらは減価償却資産として計上され、複数年にわたって少しずつ費用化されるのが特徴です。具体的には、築年数の古い物件のフルリノベーション、建物全体の耐震補強工事、エレベーターの全面交換などが資本的支出として扱われます。
修繕費と資本的支出を区別する基準としては、修繕費が「原状回復」を目的とした支出であるのに対し、資本的支出は「物件の価値を向上させるための支出」である点が挙げられます。また、税務対応の面では、修繕費は即時に経費計上できるため短期的な税負担を軽減する効果があります。一方、資本的支出は減価償却を通じて複数年にわたって費用化されるため、長期的な視点で計画を立てる必要があります。
大規模修繕の重要性と計画の立て方
大規模修繕は、建物の経年劣化を改善し、資産価値を維持するために欠かせない取り組みです。適切な修繕を行うことで、入居者の安全を確保し、物件の収益性を向上させる効果を期待できます。計画的に実施することで、予期せぬトラブルや急な出費を防ぎ、安定した賃貸経営を可能にします。
大規模修繕とは
大規模修繕とは、建物全体を対象に行う大規模な修繕工事のことを指します。主に外壁や屋根、防水加工、共用設備などが対象となり、劣化や老朽化に対応することで建物の寿命を延ばします。大規模修繕は12~15年ごとに実施されることが一般的で、定期的な実施が物件の収益性維持に直結します。
具体例として、外壁の補修や屋根の葺き替え、給排水管の交換などが挙げられます。これらの作業は見た目の美観だけでなく、建物全体の安全性や耐久性にも大きな影響を与えます。外壁の劣化を放置すると、ひび割れから雨水が侵入し、内部の腐食やカビの発生を引き起こすリスクがあります。また、配管設備の老朽化を放置すると、漏水や配管破裂による被害が拡大する可能性があります。
大規模修繕は、物件の外観や機能性を向上させるだけでなく、入居者に安心感を与え、長期的な賃貸需要を確保する重要な役割を果たします。
大規模修繕の法律的根拠
大規模修繕そのものを義務付ける法律はありませんが、民法第601条および第606条によって、賃貸人には賃貸物件を適切に管理し、修繕を行う義務が課されています。
民法第601条
賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及び引渡しを受けた物を契約が終了したときに返還することを約することによって、その効力を生ずる。
民法第606条
賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。ただし、賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。
例えば、建物の外壁が剥がれ、通行人に危険が及ぶような場合や、老朽化した配管から漏水が発生している場合、修繕を怠ることで損害賠償責任が発生する可能性があります。このようなリスクを防ぐためにも、大規模修繕は計画的に実施することが重要です。
大規模修繕の計画
大規模修繕を成功させるためには、計画段階から十分な準備が必要です。以下のポイントを押さえることで、効率的かつ効果的な修繕を実現できます。
修繕箇所の優先順位を決める
まずは建物全体の状態を点検し、どの箇所に優先的に修繕が必要かを明確にします。例えば、外壁や屋根の劣化が進んでいる場合は、それらを最優先に計画を立てる必要があります。一方、緊急性の低い箇所は後回しにして、コストを抑えます。
修繕周期を考慮する
建物の部位や設備ごとに劣化の進行速度は異なります。例えば、防水加工は10年程度、外壁塗装は15年程度を目安に更新が必要です。これらの周期を考慮し、無駄のないスケジュールを組むことが大切です。
コスト最小化・効果最大化をめざす
建物のライフサイクルコストの観点から大規模修繕を考え、コストの最小化と効果の最大化を目指します。ライフサイクルコストとは、建物・設備などの購入から売却・廃棄までにかかる費用をトータルでとらえたものです。
そのうえで、住みやすい賃貸住宅の提供によって入居者満足度を向上させ、家賃収入の最大化、物件の資産価値の最大化を目指していきます。
修繕計画は入居者と共有し、事前に周知しておくことで、工事期間中のトラブルを未然に防げます。
修繕積立金
大規模修繕の資金を計画的に準備するためには、修繕積立金の確保が欠かせません。修繕積立金は、毎月の家賃収入の一部を積み立てておくことで、突発的な出費に備える仕組みです。
例えば、10年後に1,000万円規模の大規模修繕が必要だと見込まれる場合、年間100万円、月額約8万円を積み立てておけば資金不足を回避できます。このような積立計画は、物件の収益性や支出計画を安定させるためにも非常に有効です。
修繕積立金が不足している場合には、リフォームローンや補助金制度を活用することも検討できます。ただし、積立金の計画は早めに立てておくことで、借入や助成金への依存を最小限に抑えられます。
大規模修繕の資金調達の方法
大規模修繕の資金を確保するためには、計画的な準備と活用可能な手段を知ることが重要です。以下では、オーナーの修繕積立金以外の資金調達方法について解説します。
賃貸住宅修繕共済制度
修繕積立共済制度は、賃貸住宅のオーナーが将来の大規模修繕に備えるための制度です。オーナーは修繕積立金を共済掛金として計上することができ、全額経費として認められます。この制度は2021年にスタートしたもので、賃貸住宅のオーナーが共済掛金を掛け、将来の修繕費用を計画的に準備できます。
ただし、共済掛金は掛け捨てであり、途中解約しても返戻金はありません。また、満期金も存在しないため、運用には長期的な視点での資金計画が必要です。
リフォームローン
金融機関が提供するリフォームローンを活用することで、大規模修繕に必要な資金を借り入れることができます。突発的な修繕費用が発生した際に有効です。
リフォームローンの利用によって、大規模修繕費用を抑えつつ、すぐに修繕を実施できる点がメリットです。低金利のローンも多く提供されており、月々の返済負担を軽減することが可能です。
ただし、返済計画を立てずに借り入れると財務負担が増大するリスクがあるため注意が必要です。金利や諸条件を事前に比較し、最適なローン商品の選択が重要です。
割賦工事
修繕施工会社が提供する分割払いプランを利用することで、資金不足の問題を解決できます。分割払いは、一括での支払いが難しい場合に便利です。割賦工事の主なメリットは、施工会社との契約により柔軟な支払いスケジュールを設定できる点です。これにより、初期負担を軽減しながら修繕を進めることが可能になります。
一方で、分割払いには金利が付く場合が多いため、最終的な支払い総額が高くなる可能性があります。
補助金・助成金
国や自治体が提供する補助金・助成金を活用することで、大規模修繕にかかる費用を抑えることが可能です。特に省エネ改修や耐震補強工事に対する支援制度が充実しています。
例えば、「長期優良住宅化リフォーム推進事業」は中古住宅の長寿命化・省エネ化による既存住宅ストックの質の向上、子育てしやすい環境、レジリエンス性の向上の整備を目的とした補助金制度です。国土交通省により実施されており、共同住宅のリフォームも対象に含まれています。同事業の補助限度額は、「評価基準型」で1住戸につき80万円、「認定長期優良住宅型」で1住戸につき160万円までとなっています。
補助金・助成金によって修繕費用の一部をカバーできるため、自己負担額を削減できる点がメリットです。補助金を申請するには申請期限や要件を満たすための書類準備が必要です。事前に自治体のホームページや担当窓口で最新情報を確認し、申請に必要な準備を進めることが必要です。
まとめ
不動産投資における修繕は、物件の資産価値を維持し、入居者満足度を高めるための重要な活動です。修繕には、予防修繕や事後修繕、大規模修繕、原状回復工事などの種類があり、それぞれの特性に応じた適切な対応が求められます。
修繕費用を効率的に管理するためには、修繕積立金の確保やリフォームローン、補助金・助成金の活用が有効です。計画的な修繕と資金管理を実践することで、物件の収益性を向上させ、安定した賃貸経営を実現できます。
株式会社ウェルス・パートナー
リアルアセットマネージャー
早稲田大学商学部卒業後、大和ハウス工業株式会社へ入社。
富裕層・地主に賃貸住宅での土地活用ソリューション提案に従事。東急リバブル株式会社にて投資用不動産の売買仲介を経験後、株式会社ウェルスパートナーに入社。マネー現代など大手メディアでの記事執筆も行う。