はじめに
東京証券取引所では、本年4月4日より市場区分の見直しを行いました。これは、従来の東証第一部、東証第二部、マザーズ、JASDAQという四市場から、プライム、スタンダード、グロースという三市場へと区分変更したものであり、このことにより国内外の多様な投資家から高い支持を得られる魅力的な現物市場を提供することを目的としたものです。市場区分見直しから半年が経過しましたが、結果はどうだったのでしょうか。現状及び今後の課題について整理してみたいと思います。
東証の市場改革とは
市場区分変更前、東証に対して指摘されていた問題点としては、
①各市場のコンセプトが曖昧である
②企業価値向上に向けた動機付けに乏しい
③投資対象としての機能性を備えた指数が無い
といった点でした。これに対して、東証では、新市場区分により「各市場区分のコンセプトに応じた基準を設定する」、「各市場区分の新規上場基準と上場維持基準を原則共通化する」といった施策を打ち出して、魅力ある市場への変革を目指していました。特に、市場区分変更後のプライム市場は、高い流動性とガバナンス水準を備え、グローバルな投資家との建設的な対話を中心に据えた企業向けの市場として大きな期待が寄せられていました。
上場会社の新市場区分への移行
旧区分による東証第一部2,177社に対して、新市場のプライム市場は1,839社でのスタートとなりました。
プライム市場を選択した企業では、コーポレートガバナンス・コード改訂を踏まえた一段と高いガバナンスへの取り組みとして、取締役会の機能強化、英文開示等に取り組むことになりました。また、流動性向上のための売り出し、事業ポートフォリオの見直し、親子上場の解消といった動きを見せることになります。一方、プライム市場上場維持基準に適合していない企業は、基準適合に向けた計画を開示し、成長戦略の実施による企業価値向上、政策保有株の縮減、自社株消却等による流動性改善に取り組むことになりました。
そもそも、東証の企業改革は、市場のコンセプトを明確化し、流動性改善とガバナンス向上によって国内外の投資資金を呼び込むという主旨でしたが、趣旨に沿った動きにはなっていない印象があります。
株式市場における国際比較
ここで、東証プライム市場と各国の代表的市場を比較してみましょう。東証プライム市場の社数は1,838社、合計時価総額は673兆円、時価総額の中央値は573億円となっています。これに対して、NASDAQの社数は1,624社、合計時価総額2,654兆円、時価総額の中央値1,430億円、ロンドンPremium市場の社数は444社、合計時価総額400兆円、時価総額の中央値1,668億円、ドイツPrime市場の社数は307社、合計時価総額285兆円、時価総額の中央値1,361億円となっています(数値は何れも2022年7月1日現在)。
NASDAQやロンドン市場は、上場基準が厳格な市場であり、ドイツ市場は国際投資家向け市場と言われています。これに対して、東証プライム市場の上場基準は比較的緩やかで、上場会社数が多く、時価総額の中央値が低くなっています。
東証プライム市場の問題点
上場会社数が多いということは、投資家が投資先企業を選別するのに手間と時間が掛かることを意味します。また、時価総額の中央値が小さいということは流動性が薄く、株価が乱高下し易く、パッシブ投資に組み入れられることで価格が歪められてしまう可能性が高いことになります。
本来、株式投資は、個別企業の成長期待に投資するものですが、機関投資家の70~80%がパッシブ運用(インデックス運用のこと)に傾斜しているため、流動性の低い銘柄の株価が歪んでしまうケースが多くなっているようです。
上場はゴールではない
何故、このようなことになってしまったのでしょうか。本来の株式上場は、企業が次の成長に向かって進むためのスタートと位置づけられるものです。上場することによって会社の知名度が上がり、営業力が強化され、採用活動が有利になり、社会的信用度が向上し、社内体制が整備され、資金調達が有利になるといった有名無形のメリットが生じることになります。このことによって企業は更なる成長を遂げて社会や経済に貢献するわけであり、そのための一つのツールが株式上場というわけです。
ところが、機関投資家の運用担当者のなかには、「新規上場の7割程度の会社は上場をゴールと捉えているのではないか」といった辛辣な見方をする声が少なくありません。企業の経営トップが株式上場をゴールと捉えていること自体、成長マインドが縮小している証左であり、このことが我が国株式市場の停滞、株価低迷に大きな一因となっているのではないでしょうか。業種を問わず、株式上場は企業が成長するためのステージと捉えることが何よりも必要であるといえます。
東証の市場改革は道半ば
東証は市場改革によって企業価値向上が進んでいくであろうといった見方を示していますが、果たしてそうでしょうか。勿論、個別企業によっては、業績の向上、ガバナンス改革、投資家との対話等によって企業価値を高めているケースが見受けられます。
しかし、市場全体でみると、玉石混合の状態であり、投資家に対してわかりやすく魅力的な市場を提供しているとは言い難い状況となっています。どうも、プライム市場上場企業は一軍、スタンダード市場上場は二軍といった誤った受け止められ方によって、当初の想定以上にプライム市場上場会社が増えてしまったことも問題となっているようです。東証の市場改革は道半ばであり、さらなる改革推進に取り組むことが求められています。
(2022年10月25日記)
2000年国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)入社。企業・産業調査に従事し、機関投資家アナリストランキングの日本株建設部門で、日経ヴェリタスで10回、米系金融専門誌で11回第1位となる。2019年よりコンサルタントとして、講演活動、執筆活動などに従事している。