目次
はじめに
「10億円で会社を売却できた」
そう聞けば、多くの経営者は成功を実感するでしょう。しかし本当に重要なのは、いくらで売れたかよりも、最終的に「いくら手元に残るか」です。
2027年度以降、税制改正の影響により、一定規模以上の株式譲渡益に対する実質的な税負担が変わる可能性があります。売却価格が同じでも、タイミングが1年違うだけで、手取り額に数千万円単位の差が生じるケースも考えられます。
会社売却の判断は、売却価格や税金だけで決めるものではありません。M&A市場の動向、自社の企業価値の成長余地、経営者自身のライフプランといった複数の要素を総合的に見極める必要があります。
本記事では、2026年・2027年の手取り比較シミュレーションを通じて影響額を可視化しながら、富裕層オーナーが後悔しないための売却タイミングの考え方と、売却後を見据えた出口戦略までを解説します。
会社売却の「タイミング」が手取りを左右する理由
会社売却において「タイミングが重要」といわれる理由は、大きく3つ考えられます。それは、税制・市場環境・企業価値です。ここではまず、その基本構造を確認しておきましょう。
①税制改正の影響が“手取り”に直結する
2027年度以降、個人ミニマム課税の強化などにより、一定規模以上の株式譲渡益に対して実質的な税負担が増加する可能性があります。
株式譲渡益はこれまで原則として約20%(所得税・住民税合計)の分離課税が適用されてきました。しかし、高額な譲渡益を得た場合、個人ミニマム課税の影響を受け、実質的な税負担率が上昇するケースが想定されています。
重要なのは、売却価格そのものではなく、最終手取り額が変わるという点です。
例えば10億円の譲渡益が出た場合、税率が数%上昇するだけで、差額は数千万円単位に拡大します。売却を1年早めるかどうかの判断が、資産形成の最終結果に影響を与える可能性があるのです。
②市場環境―M&A市場は常に変動している
売却価格を左右するのは税制だけではありません。M&A市場の需給バランスも大きな要素です。
- 買い手の投資意欲(大手企業や投資ファンドの動向など)
- 業界の成長性とトレンド(成長が見込まれる業界・業界再編の動きなど)
- 金利水準・金融政策
- 景気動向
一般的に、これらが企業価値評価(バリュエーション)に影響すると考えられます。税負担が増える前に急いで売却した結果、市場環境が悪化していて企業価値が低く評価されれば、本末転倒になりかねません。税制と市場は、常に両面で考える必要があります。
③企業価値は“今がピーク”とは限らない
もう一つの視点が、自社の企業価値の成長余地です。例えば、「業績は伸び続けているか」「新規事業の展開余地はあるか」「経営体制は整っているか」といった視点で考えてみてください。
仮に1〜2年で企業価値が大きく上昇する可能性があるなら、税負担増を上回る価格上昇が期待できるケースもあります。
逆に、業績がピークアウトしている場合は、税負担増の影響を受ける前に売却を検討する合理性が高まります。売却時期を先送りすることで企業価値が下がれば、税率差以上の影響を受ける可能性もあるためです。
このように売却タイミングは「税金」だけでなく、「税制の影響」「市場環境」「企業価値の推移」といった3つのポイントを総合的に見て判断する必要があります。そして、その前提として不可欠なのは、実際に手取りがどれだけ変わるのかを具体的な数字で把握することです。
2026年と2027年で手取りはいくら変わるのか―比較シミュレーション
売却タイミングの違いがどれほど手取りに影響するのかを見ていきましょう。ここでは、2026年(改正前)と2027年(改正後)で同額の譲渡益が出た場合を想定し、概算で比較します。
【前提】株式譲渡益に対する従来の約20%課税を基準とし、改正後は一定水準を超える部分に対して実質的な税負担が上昇するケースを想定した概算です。実際の税額は個別事情により異なります。
5億円のケース
| 項目 | 2026年売却 | 2027年売却 | 差額 |
| 譲渡益 | 5億円 | 5億円 | - |
| 概算税額 | 約1億円 | 約1億1,500万円 | 約1,500万円増 |
| 手取り額 | 約4億円 | 約3億8,500万円 | 約1,500万円減 |
→ 5億円規模でも、1,000万円単位の差が生じる可能性があります。
10億円のケース
| 項目 | 2026年売却 | 2027年売却 | 差額 |
| 譲渡益 | 10億円 | 10億円 | - |
| 概算税額 | 約2億円 | 約2億6,000万円 | 約6,000万円増 |
| 手取り額 | 約8億円 | 約7億4,000万円 | 約6,000万円減 |
→ 10億円規模では、差額は数千万円から億単位に近づきます。
20億円のケース
| 項目 | 2026年売却 | 2027年売却 | 差額 |
| 譲渡益 | 20億円 | 20億円 | - |
| 概算税額 | 約4億円 | 約5億6,000万円 | 約1億6,000万円増 |
| 手取り額 | 約16億円 | 約14億4,000万円 | 約1億6,000万円減 |
→ 高額売却になるほど、税率のわずかな差が絶対額では大きな開きになります。
ここで重要なのは、企業価値が変わらなくても、手取りベースでは数千万円〜1億円超の差が生じ得るという事実です。2027年以降は制度が固定されるため、2028年以降も基本的な税負担構造は同様です。したがって、論点は「2026年までか、それ以降か」に集約されます。
ただし、税金の差額だけを見て売却を急ぐべきかどうかは別問題です。前章で述べたとおり、市場環境や企業価値の成長可能性によっては、税負担増を上回る価格上昇が期待できる場合もあります。
M&A市場動向から見る“売り時”の考え方
税制改正による手取りの差は無視できません。しかし、会社売却は本来「税金」だけで判断するものではありません。実際の売却価格を左右するのは、M&A市場の需給環境と企業価値評価のトレンドです。ここでは、市場という観点から売却タイミングを見ていきましょう。
買い手動向 ― 資金は潤沢だが、選別は厳格化
近年、大手企業やPEファンドによる買収意欲は依然として高水準にあります。とりわけ、「成長余地のある中堅企業」「高収益体質の企業」「特定分野で競争優位を持つ企業」に対する評価は高止まりしています。
一方で、金利上昇や景気の不透明感を背景に、買い手側のデューデリジェンス(企業監査)は厳格化しています。過去のように「勢い」で高値がつく局面は減少し、収益の持続性やリスク管理体制がより重視される傾向にあります。
つまり、環境は悪くないものの、企業側の準備状況によって評価は大きく分かれる時代に入っています。
業界別の評価傾向
売り時は業界によっても異なります。主な業界の評価傾向を確認していきます。
【IT・DX・Saas関連】
依然として高く評価される傾向にあります。特にサブスク型の収益モデル(SaaS)や独自の特許技術を持つ企業は、現在の利益だけでなく将来性が強く期待されます。
【医療・介護・調剤】
景気に左右されず収益が極めて安定しているため、買い手候補が多く安定したキャッシュフローが評価の柱となります。立地の良さや有資格者が十分に確保されているかが評価に大きく影響します。
【製造業・専門技術】
独自のニッチな技術や、大手メーカーとの強固な取引基盤を持つ企業は着実に評価されます。一方で、設備の老朽化や属人化は、マイナス査定の要因になるため注意が必要です。
【建設・インフラ業界】
深刻な人手不足を背景に、熟練職人の数や公共工事の入札資格が主な評価対象となります。
【小売・飲食・サービス業界】
多店舗展開に成功しているブランドや、圧倒的な立地条件、SNSでの強い集客力を持つ場合、相場以上のプレミアがつくこともあります。
税制が同じでも、業界の追い風・逆風によって企業価値は大きく変動します。税負担が増える前に売却しても、市場評価が低迷していれば手取りは想定より伸びません。逆に、市場環境が追い風であれば、税負担増を上回る価格上昇が期待できるケースもあります。
金利・景気と企業価値の関係
M&A価格は、実は金利と密接に関係しています。金利が上昇すれば、買い手の資金調達コストは上昇し、将来キャッシュフローの現在価値は低下します。結果として、企業価値の評価倍率(マルチプル)が下がる可能性があります。
景気動向も同様です。不透明感が強まる局面では、買い手は慎重になります。したがって、「税制改正前だから売る」ではなく、「税制×市場環境」の両面で判断することが不可欠です。
税金だけで焦るのは危険
2026年中に売却を急いだ結果、「準備不足で評価が伸びない」「買い手選択の余地が狭まる」「交渉力が弱まる」といった事態に陥れば、税負担増以上の機会損失を生む可能性もあります。
売却タイミングとは、税率が低い時期ではなく、企業価値が最大化できる時期を指すべきです。そのためには、客観的な判断基準が必要になります。
ベストな売却タイミングを判断する5つの基準
会社売却のタイミングは、単なる税制改正や市場環境だけで決まるものではありません。最終的には、経営者自身の状況と将来設計が大きく影響します。ここでは、富裕層オーナーが冷静に判断するための5つの基準を解説します。
1.業績はピークにあるか
M&Aにおいて企業価値は、主に将来キャッシュフローの期待値で決まります。したがって、下記のような点が重要になります。
- 売上・利益が安定的に成長しているか
- 一時的な特需ではないか
- 収益構造は持続可能か
業績が明らかにピークアウトしている場合、税制改正前に売却を急ぐ合理性は高まります。一方で、今後数年で事業拡大が見込めるなら、税負担増を上回る企業価値向上が期待できるかもしれません。
2.経営者年齢とライフプラン
売却は「事業の終わり」ではなく、「人生設計の転換点」です。
- 引退を視野に入れているのか
- 次の事業に挑戦するのか
- 家族との時間を優先するのか
売却後の人生設計が明確であればあるほど、タイミング判断は合理的になります。税率数%の差よりも、人生全体の時間価値の方が大きい場合もあります。
3.税制動向の見通し
2027年以降の税負担構造は一つの転換点です。しかし、税制は将来的にさらに変更される可能性もあります。重要なのは、「現在確定している制度」「将来の不確実性」「政策動向の方向性」を整理し、「どこまでリスクを織り込むか」を判断することです。不確実性が高まる局面では、早期に意思決定する価値が高まる場合もあります。
4.後継問題の有無
親族内承継や社内承継が難しい場合、M&Aは現実的な選択肢となります。後継者不在のまま時間が経過すると、「経営の不安定化」「従業員の不安」「取引先の信用低下」といったリスクが生じます。後継者不在の場合は、早めにM&Aを検討する方が選択肢は広がるでしょう。
5.売却後の資産構成
意外と見落とされがちなのが、売却後の資産バランスです。
- 売却益はどの程度になるか
- 既存の金融資産はどれくらいか
- 不動産や自社株への偏りはあるか
売却後に資産の大部分が現金化される場合、運用設計やリスク管理が極めて重要になります。つまり、出口戦略が固まっていない状態での売却は、完成度の低い意思決定になりかねません。
「2026年までに急ぐべきか」「2027年以降でも問題ないか」という問いは、これら5つの視点を総合的に整理して初めて答えが見えてきます。
2027年以降に求められる「資産承継」としての出口戦略
仮に2027年以降に会社売却を行う場合、税負担の増加が想定されるなかで重要になるのが、「どう売るか」と「売却後をどう設計するか」です。売却タイミングの議論は、最終的には出口戦略と一体で考える必要があります。
1.一括売却だけが選択肢ではない
一般的な会社売却では、クロージング時に一括で対価を受け取るケースが多く見られます。しかし条件次第では、アーンアウト(業績連動型対価)などを活用し、複数年に分けて受領する設計が検討される場合もあります。
例えば、10億円規模の譲渡益が見込まれる場合、これを一定期間に分散して計上すると、税務上の影響が変わる可能性があります。
もちろん、買い手との交渉や契約条件に大きく左右されるため、必ず実現できるものではありません。しかし、「受け取り方を設計する」という発想は、税制環境が変わる局面ではより重要になるでしょう。
2. 資産管理会社の活用と相続を見据えた一貫設計
売却はゴールではなく、資産承継のスタートラインです。売却前後に会社分割や資産管理会社を設立し、自社株の保有形態や売却益の受け皿を最適化することで、その後の資産運用や相続対策の柔軟性が大きく高まります。
ただし、これらは税務・法務面の慎重な検討が不可欠です。スキーム先行ではなく、売却後の資産をどう守り、次世代へどう繋ぐかという「全体最適化」の視点から逆算して設計することが重要です。
3. 売却益の分散とポートフォリオ再構築
売却後、オーナーの資産構成は大きく変わります。それまで自社株という“非流動資産”に集中していた資産が、一気に“流動資産”へと転換します。この瞬間こそが、資産戦略を再設計する最大のタイミングです。
- 国内外株式への分散投資
- 債券やオルタナティブ資産の活用
- 不動産やプライベート投資との組み合わせ など
売却益をどう守り、どう増やし、どう次世代へ承継するのか。ここまで設計して初めて、会社売却は“成功”といえるのではないでしょうか。
2027年以降の売却を選択するのであれば、単に「税率が上がるかどうか」で判断するのではなく、「受け取り方」「保有形態」「運用設計」「承継戦略」までを含めた総合設計が求められます。
まとめ
2027年以降、株式譲渡益に対する税負担が実質的に上昇する可能性があります。しかし、売却タイミングは税率だけで判断できるものではありません。
企業価値、市場環境、承継状況、そして売却後の資産戦略。
これらを総合的に整理してこそ、最適な意思決定が可能になります。売却はゴールではなく、新たな資産設計の出発点です。
税制環境が変化する局面では、早期の検討が選択肢を広げます。売却タイミングと出口戦略を一体で設計することが、最終的な手取りと資産承継の成否を左右します。ウェルス・パートナーでは、M&A後を見据えた総合的な資産設計をご支援しています。ぜひ一度、ご相談ください。