はじめに
スイスの金融最大手UBSが3月19日、経営危機に陥っているクレディ・スイス・グループを買収することを発表しました。クレディ・スイスは運用資産が180兆円を超える巨大な金融機関で、スイス政府は世界的な金融危機を防ぐため、買収協議を急いでいました。
UBSは、株式交換で30億スイス・フラン相当の価格でクレディ・スイスを買収する予定です。UBSは、この買収によりグローバルな富裕層向け資産運用のリーダーとして期待されますが、クレディ・スイスの株主は投票権を失い、株式の大半を失うことになります。
UBSは買収によってクレディ・スイスの不測の債務から守られますが、買収後のリストラ費用についてはスイス政府が補償するかどうかは不明です。また、欧州の銀行の取り付け騒ぎが収まるかどうかはわからず、中央銀行による広範な介入が引き続き必要とされるかもしれません。
2.2兆円分のAT1債が無価値に
スイスの金融機関クレディ・スイス・グループが発行したAT1債、約160億スイスフラン(約2.2兆円)分の価値がゼロになると発表されました。AT1債は銀行の財務が悪化した際に債券の保有者が損失を引き受ける債券で、低リスクとされています。しかし、今回の措置により、AT1債だけなく社債市場全体の不安が高まる恐れがあります。
企業破綻時の優先順位は、AT1債は普通社債より低いものの、株式より高いとされています。しかし、今回は株式交換でクレディ・スイス22.48株あたりUBS1株を割り当てました。クレディ・スイスの株式の価値はなくならなかったのに対し、AT1債は無価値となったのです。
AT1債の市場規模は世界で約2,750億ドルに達しているとされています。高い利回りを追求する「イールドハント」という投資方法が注目され、低金利の時代においても高い利益を狙えるため、2021年まで世界中の社債投資家が熱心に買い付けを行っていました。
3月24日には、劣後債の早期償還を発表したドイツ銀行の株価が急落しました。欧州の銀行株を中心に、株式市場では不安定な状況が続きそうです。
AT1債として知られるCoCo債とは
AT1債は、銀行が発行する債券の一種で、株式と債券の中間的な性質を持っています。通常の債券よりも高い利回りが設定されていますが、弁済順位は低く、金融機関が破綻した場合に元本が削減されたり、株式に転換されたりすることもあります。
クレディ・スイスは経営破綻していませんが、AT1債の保有者に厳しい措置を取ることになったため、投資家からは戸惑いの声が上がっています。このように、AT1債は一般の債券とは異なる特性を持ち、投資家にとってはリスクが高いといえます。そして、CoCo債は債券と株式を掛け合わせたようなもので、AT1債の一種です。
CoCo債は銀行の破綻を防止するための資本強化を支援します。しかし、銀行の資本レベルが一定の水準を下回ると、CoCo債のステータスが変わり得るという意味で「偶発的」であり、資本不足が大きければ、資本(銀行の株式)に転換できることが多くなります。また、銀行の経営が悪化した場合、CoCo債券の価値が下がり、投資家に損失を与える可能性があるため、注意が必要です。
ブルームバーグによると、クレディ・スイスにはスイス・フランや米ドル建てなど13本のCoCo債があり、発行残高は約173億ドルでした。クレディ・スイスのCoCo債も価値がゼロになります。
金融市場は今後どうなる?
クレディ・スイスのAT1債は全損になりました。そして、他の銀行でも同様の問題が発生する可能性があるため、AT1債に対する警戒感が広がっています。クレディ・スイスは、金融安定理事会によって指定された「世界の金融システム上で重要な銀行(G-SIB)」であり、財務基盤が安定していましたが、流動性不安に見舞われ、信用不安が押し寄せました。
この流動性不安を引き起こしたのは、中堅銀行の破綻であり、これにより金融の安全網にほころびが生じ、大手銀行にも影響が波及しました。クレディ・スイスはUBSに買収され、リーマン・ショックのような混乱は回避されたものの、市場に広がった疑心暗鬼はなかなか消えず、金融市場の先行きは不透明感が強まっているといえます。
一橋大学経済学部卒業後、証券会社でマーケットアナリスト・先物ディーラーを経て個人投資家・金融ライターに転身。投資歴20年以上。現在は金融ライターをしながら、現物株・先物・FX・CFDなど幅広い商品で運用を行う。