はじめに
長年、デフレ経済に苦しめられてきた我が国ですが、いよいよ本格的なインフレの波が押し寄せてきました。9月に公表された8月の全国消費者物価指数は、前年同月比3%増と30年11カ月ぶりの上昇率を記録しました。なかでも電気・光熱費、食料品価格は大きく上昇し、消費者物価全体を押し上げています。
物価上昇の背景とは
何故、2022年になって物価上昇が本格化してきたのでしょうか。
第一に、ロシアによるウクライナ侵攻によって世界的にエネルギーや食糧需給がひっ迫してきたことが挙げられます、第二に、長期化するコロナ禍において世界的に物流コストが上昇したことがあります。第三に、我が国においては、慢性的な人手不足によって人件費の水準が上がっていることが影響していると考えられます。
我が国の人件費は、統計的にはそれほど上がっていませんが、飲食・サービス、医療・福祉、物流といった一部の業種では人手不足感が一段と強まっており、処遇を良くしなければ人が集まらない状況となっています。
今回の物価上昇は、全体としてみると、賃金上昇を伴う需要好調型という良い物価上昇ではなく、コスト転嫁によって生じるボトムネック型という悪い物価上昇であると捉えるべきだと思います。
円安進行も拍車
さらに、円安進行も物価上昇に影響していると考えられます。
今年初めに1ドル115円程度だった円ドル相場は、一時期1ドル145円にまで円安が進行しました。9カ月余りで30%近い円安となります。単純計算だと、100円で輸入していたものが130円に値上げされることになるわけです。輸入業者は、輸入物価の上昇分全てを価格に転嫁することはできませんが、ある程度転嫁しないと経営が立ちいかなくなってしまいます。
それでは、これからの為替はどう動くのでしょうか。
現在の為替相場は有事のドル買いによるドル高であり、ロシア・ウクライナ紛争が長期化すればドル高が続くとみておいた方が良いかもしれません。
確かに、年初からは大きく円安水準に振れていますが、対英ポンド、対ユーロでみると対ドルほどの円安ではありません。円安ではなく、ドル高であるとの見方が適切なのかもしれません。
本格的な値上げの秋が到来
今年の秋は「本格的な値上げの秋」と言われています。
10月からは食料品を中心にさまざまな商品が値上げされています。また、外食店でも価格改定が広がっています。価格据え置きかと喜んだところ、容量が減っていたり、個数が少なくなったりしています。スナック菓子やカップラーメンなどもいつの間にか2割以上の値上げとなっていました。
値上げは食料品にとどまりません。衣料品、日用品、雑貨、医薬品、書籍などあらゆる分野に及んでいます。
さらに、来年春には鉄道会社の運賃値上げも予定されています(東急、東京メトロ、JR各社など)。運行コスト増大に加えて、コロナ禍での利用客減少によって値上げせざるを得ない状況となっているようです。鉄道会社など料金許認可業種の値上げは、消費税の転嫁を除くとバブル期以来ということになります。
企業物価と消費者物価との差
ところで、物価には大きく二つの種類があります。企業物価と消費者物価です。
企業物価とは、企業間取引における物価の動きであり、消費者物価とは消費者が負担する物価の動きとなります。本来、両者はほぼパラレルな関係であり、上昇率も下落率も近似値で動くことが多いとされています。現に、米国や欧州諸国では企業物価と消費者物価の伸び率はほぼ似通っています。
ところが、我が国の場合、ここ数カ月の動きをみると、企業物価の上昇率は前年比で9%程度となっているのに対して消費者物価の上昇率は3%以下となっています。このことは、コストの上昇分を企業が負担していることを意味しています。
物価上昇は短期で収まりそうにない
企業もいつまでもコスト負担を続けていては赤字決算となってしまいますので、いずれ消費者にコストを転嫁しなければなりません。
したがって、2022年後半から2023年に掛けては企業物価上昇分を転嫁する形で、消費者物価上昇が続くのではないでしょうか。勿論、ロシア・ウクライナ紛争が終結し、エネルギー価格が下落に向かえば物価は安定する可能性はありますが、OPEC(石油輸出機構)の減産が伝えられていることから、エネルギー価格下落のシナリオは考えにくくなっています。
したがって、2023年は我が国においてもインフレ時代の幕開けになるとの前提で、企業活動や社会生活の防衛に備えることが重要になると考えられます。
(2022年10月6日記)
2000年国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)入社。企業・産業調査に従事し、機関投資家アナリストランキングの日本株建設部門で、日経ヴェリタスで10回、米系金融専門誌で11回第1位となる。2019年よりコンサルタントとして、講演活動、執筆活動などに従事している。