【専門家インタビューNO.1(絵画)】日本で最初の洋画商・日動画廊で聞いたアートの価値と魅力〜日動画廊 常務取締役 長谷川哲哉氏〜

日動画廊は90年以上続いている日本で最も歴史のある洋画商です。
その常務取締役の長谷川哲哉氏に、専門家の目から見たアート業界についてインタビューしました。アートの魅力や楽しみ方、海外・日本のマーケットなどについて、初心者向けにお話いただきます。

また、最近では保有資産の1つとしてアート作品を購入するという考えも一般に広まりつつあります。初心者が気をつけるべきことなど、資産としてのアートの価値についても教えていただきました。

日本の洋画界を牽引してきた日動画廊

Q.日動画廊はどのようにして始まったのですか?

「日動画廊」は私の義理の曽祖父・長谷川仁が始めた洋画商です。最初は風呂敷画商といって、絵を何点かずつお客様のご自宅に持って行き、ご覧いただき絵を販売するというところから商売が始まりました。

当時は日本画の画商はあっても、洋画にはまだ誰も手をつけていない時代でした。1928年の創業から3年後には、洋画を常設展示できる画廊をオープンさせ、現在の日動画廊の名称を掲げるようになりました。

Q.日動画廊という名前にはどのような意味があるのでしょう?

創業時の画廊は日本橋にあったのですが、現在の銀座に移って名前が変わりました。当時、交流のあった日本動産火災保険の社長さんが、銀座にある自社ビルの1階のフロアに入らないかと誘ってくださったのです。

最初は東京画廊という名前でスタートしたのですが、すぐに日本動産火災保険様から「日動」という名前をいただくことにして、日動画廊と名乗るようになりました。

私自身は結婚してからこの業界に入ったので、まだ8年目。日本の近代洋画を中心に、やっとアートの世界が見えてきたかなというところなのですが、画廊としてはもう90年以上続いていることになります。

Q.画廊の主な活動について教えてください。

国内外に本店・支店合わせて8つのギャラリーと美術館を運営しています。扱っているアートは、日本の近代洋画を中心に海外のアーティスト作品も含め、様々です。

本店では、春には「太陽展」、秋には「日動名品展」をメインに、毎年多くの展覧会を開催しています。「昭和会展」は入社当時に現社長が始めたもので、若手の育成を目的としたコンペティションです。

次代につないでいく取り組みとして、八丁堀にある nca(nichido contemporary art)では様々な現代アート作品を紹介しています。また、フランス・パリと台湾・台北に支店がありますので、海外アーティストの作品や情報も豊富です。

その他、画集の出版や美術品の鑑定を含め、コレクターにとって信頼できるパートナーとして様々な活動を行なっています。

美術品の世界マーケットは7兆5千億円

Q.アートのマーケットはどのくらいの規模になりますか?

アート界のプレーヤーは、アーティスト、コレクター、プライマリギャラリー(作家から直接仕入れて二者間で価格を設定する)、セカンダリギャラリー(一度市場に出た作品を売り手と買い手の合意価格で再販する)、ディーラー、オークションハウス、アートコンサルタント、評論家、美術館など。

これに加えて、最近の世界的なマーケットをみていると「アートフェア」が非常に重要になってきています。プライマリ、セカンダリ問わず、ギャラリーとディーラーが一堂に会す催しです。いま一番大規模なのは香港のアート・バーゼルでしょうか。日本で大きいのは東京アートフェアですね。

それらのプレーヤーが入り混じってマーケットを形成しているのですが、世界の美術品市場は約7兆5千億円(「The Art Basel and UBS Global Art Market Report 2019」より)、日本の美術品市場は2,460億円(「日本のアート産業に関する市場調査2018」より)と推計されています。

Q.日本と海外ではアートに対する感覚に違いはありますか?

日本の場合、家計でいえば家具や家電、車などを優先しがちで、余裕がないとアートに目を向けないというところがあるかもしれません。景気に左右されやすい業界だと思います。私たちの顧客も、以前は大企業が会社として絵を購入されるほうがメインでしたが、いまは個人のお客様のほうが多くなっています。

海外、特に欧米では、家や会社などに当たり前のようにアートのある環境の中で過ごしているのではないでしょうか。例えば、ルーブルやオルセーなど海外の美術館に行くと、授業の一環なのか、小さい子どもたちが展示を見ながら絵を描いているんです。日本では展示品を模写するなんて許されないし、小さな子がアートに触れている光景を見ることもなかなかないことですよね。

Q.いま海外に紹介したいようなアーティストはいますか?

日本の近代アートをリードしてきた、梅原龍三郎、林武、熊谷守一といった作家たちです。日本発信の「具体」「もの派」「漫画」といったものは海外で一定の地位を得ていますが、そのように国内のマーケットから脱却して、世界にその価値を知ってもらわなければと思っています。

逆に、レオナール・フジタ(藤田嗣治)はフランスで活躍しましたが、日本で初めて個展をしたのが日動画廊です。没後も、その人気は衰えることなく、近年は中国や台湾などからフジタの作品を探しに来るお客様もいますね。

また、いまncaに作品を展示している坂本和也は期待している作家の1人です。文化庁の派遣制度で留学の機会を得た優秀な作家で、1年間台湾に学びました。主に「水草」をモチーフにして、緑鮮やかな作品を制作されています。

アートは数万円から楽しめるもの

Q.アートの魅力を初心者向けに教えてください。

まずアートの本質は見て楽しむことでしょうね。画廊や、美術館に行って、本物のいい絵に触れているうちに、自分の好きな絵がわかってくると思います。

それで、自分の部屋に飾ってもいいかなと思うものがあれば、値段にとらわれずに気に入ったものを買ってみてください。人によっては、緑の爽やかな絵を部屋に飾るとリラックスしたり、白く澄んだ絵を見ていると穏やかな気持ちになって癒されたり、絵を飾るだけで気分が違ってきます。

会社に絵を飾るのもいいと思います。アート好きのオーナーでなくても、海外からのお客様はアートに敏感なので、趣味のいい絵や文化的に意味のある絵が飾ってあれば、それに気づくでしょう。そういったところが会社の信用につながることもあると思います。

Q.アートを資産として保有するという人も増えていますがその点について教えてください。

例えば、草間彌生の作品は何十年か前には誰でも買えるような値段でやりとりされていたものが、今では何億という値段に跳ね上がっています。そういう大きな価値の高騰もアートの世界にはあり得るということですね。

また、絵画は一度価値が上がったら需要が急になくなるものではないので、値段が下がりにくいものです。ルノワールやピカソといった有名作家の作品のように、ある程度高い基準で価値が定まっているものは、現金に代わる資産として後に残せるので、そういった選び方をする人もいます。

Q.初心者はどうやって絵を選んだらよいでしょうか?

いまの時代、アートの情報は誰でも見ることができます。基本的に誰でも利用できるのは、ArtFacts(アートファクト)やArt.sy(アーツィー)、artnet(アートネット)などのウェブサイトですね。

見るポイントは、過去のオークション実績や美術館への出品歴、ビエンナーレやトリエンナーレなどの展覧会への出品歴、受賞歴、有名ギャラリーでの展覧会実績など。各サイトに世界的な情報が出ていますので、参考にされてみてください。

ジェフ・クーンズという作家のステンレス製の彫刻作品「ラビット(Rabbit)」が約100億円で落札され話題となりましたが、この作品はMoMA(ニューヨーク近代美術館)で開催した個展で出品されていた作品であることも価値を高めた一端となっています。

Q.アートの購入を考えている人にアドバイスをお願いします。

入り口から投資目的でアートを見ることは、私からはおすすめできません。信用できそうな話でも、作品の真贋は調べてみないとわからないですし。

画廊、美術館などに通っていると、いいものを見極める力が養われていきます。そういう場所でアートの専門家と話す機会が増えれば知識も深まりますし、親しくなるにつれて、画廊の人しか知らない、いい話が聞けることも出てくるでしょう。

当画廊にはルノワールといった億単位の絵画もありますが、大きいサイズ(長辺が1.5m程)で100万円しないものや、小さいものなら数万円から作品も数多く取り揃えています。値段に関係なく、気に入っていただけるものをご提供することが私たち日動画廊の伝統なのです。

まずはアートに触れる機会をつくってみてください。私たちも、夜間に開廊しワインなどを飲みながらアートをご覧いただく「夜会」や、お子様もご一緒に気楽に訪れていただけるようなイベントを今後もつくって参ります。

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