目次
はじめに
高齢化社会の進展とともに、多くの資産をもつ人が認知症などで判断能力を失う例が増えています。その場合、判断能力を失った人がもつ財産はどのように扱われるのでしょうか。
自らの意思を示せなくなった以上、預金の引き出しや不動産の処分などの法律行為はできなくなりますが、それでは様々な不都合が生じることは言うまでもありません。
本稿では、このような場合に利用される成年後見制度について解説します。
成年後見制度の概要
成年後見制度とは認知症や精神障害などにより、判断能力が不十分な状態になった人の日常生活を支援して、その権利を守るための制度です。成年後見制度は大きく法定後見制度と任意後見制度に分かれます。
法定後見制度は、現に判断能力が不十分な人に対して家庭裁判所が保護者を選任する制度です。障害の程度により後見・保佐・補助の3つの区分があり、それぞれ成年後見人・保佐人・補助人が保護者として指定されますが、与えられる権利の範囲が異なっています。
一方で、任意後見制度は、将来的に判断能力が衰えた場合に備えて、本人に判断能力があるうちに任意後見契約を締結して、自ら後見人を選任しておく制度です。将来的に判断能力が低下した段階で、家庭裁判所が任意後見監督人を選任しますが、その時点で任意後見契約の効力が発生します。
成年後見制度の利用状況
最高裁判所事務総局家庭局がまとめた「成年後見関係事件の概況(-平成30年1月~12月-)」によると、平成30年12月末時点の成年後見制度の利用者数(後見・保佐・補助および任意後見の合計)は218,142人であり、前年比で約3.7%増加しています。
高齢化による認知症患者数の増加といった社会背景を反映しているといえます。
なお、同制度の利用者のうち4分の3あまりの169,583人は後見開始により成年後見人が指定されたものです。一方で任意後見制度の利用者は2,611人にとどまり、あまり活用が進んでいないといえるでしょう。
それでは成年後見制度を利用する目的はどうでしょうか。42.0%が「預貯金等の管理・解約」であり、認知症などにより必要な預金の引き出しができなくなり、申立てを行う例が多いことが分かります。
それに続くのが、各種福祉サービスや老人ホームへの入居契約の締結など、本人の生活環境を守るための「身上監護」で20.5%を占めています。
他には遺産分割など「相続手続」を動機とするものも8.4%あり、富裕層といわれる家庭にとっては気になるところではないでしょうか。
成年後見人等と本人の関係
成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)は、家庭裁判所が選任します。成年後見人等になるための資格として法律上の制限はなく、親族が選任される場合と親族以外の第三者が選任される場合があります。
家庭裁判所に提出する「後見開始申立書」などには成年後見人等の候補者を記載しますが、親族を候補者としても必ずしも希望どおりになるとは限らないので注意が必要です。一般的には、紛争性がある場合は利害関係のない第三者が選任されることになります。
前掲の「成年後見関係事件の概況(-平成30年1月~12月-)」によると、親族では子が選任される場合が52.0%と約半数を占めています。親族以外では司法書士が37.7%、
弁護士が29.2%、社会福祉士が17.3%と有資格者が選任される場合が多くなっていますが、法人や市民後見人が選任される場合もあります。
なお、家庭裁判所は、必要に応じて成年後見人等と併せて後見監督人等を選任する場合があります。後見監督人等は成年後見人等が権利を乱用することを防止して、その事務が適切に行われるように監督する職務を担います。
富裕層における成年後見制度
富裕層といわれる家庭においても、成年後見制度が非常に重要となる場面があります。ここでは、具体的に3つのケースをあげてみましょう。
(1)遺産分割協議を行う場合
相続人のなかに認知症などで判断能力を失った人が含まれる場合、有効な遺産分割協議を行うために成年後見人をおくことが考えられます。
遺産分割協議は、相続人全員で行わなければならず、分割協議書には相続人全員が署名(または記名)し、実印を捺印することが求められます。判断能力に問題がある相続人がいる場合は、遺産分割協議が進められないため、成年後見人が本人に代わって協議を行うことになります。
(2)親族による財産の取り込みに対応する場合
親が多額の資産を持ちながら判断能力を失った場合に、親族の一人が多額の預金を勝手に引き出してしまうといったケースがあります。親の財産を取り込んで、自分の家の増改築を行う、自分の車を購入するといった場合です。
そのような場合には成年後見の申立てを行い、一部の親族により財産が無断で取り込まれることを防ぐとともに、既に消費された分については、場合によっては成年後見人が不当利得返還請求を行うといったことも考えられます。
(3)資産のほとんどが不動産である場合
親の資産の大半が不動産であり、医療費や施設への入居費用などを賄う現預金が乏しいときは、場合によっては余剰不動産を売却するといったことも選択肢になるでしょう。その際も、本人自らが売買契約の当事者となることができないため、成年後見人が代理して、売却することになります。
なお、居住用の不動産を売却、賃貸する場合は家庭裁判所の許可を得る必要があります。
おわりに
いかがでしたでしょうか。来たるべき超高齢化社会に向けて、いざというときに財産の処分ができない、ということにならないようにあらかじめ家族で方針を検討しておくことが必要です。