はじめに
昨年の11月から始まったフランスの反政権運動「黄色いベスト」は、2月に入りデモ参加者においては前週対比で減少が続いていますが、依然週末には5万人を超える市民が集結してデモを行っています。国民経済全体や近隣諸国も巻き込んでその影響はなお拡大しています。
そもそも「黄色いベスト」とは?
もともとこの運動は、燃料価格の高騰と、政府が計画した燃料税引き上げに反対する運動がきっかけとなりました。
フランスでは燃料価格の高騰に加え、政府が2019年から2022年まで段階的に燃料税引き上げを実施する予定でした。燃料税の引き上げは2022年には燃料価格がガソリンで+7.5%、ディーゼルでは+15.7%の値上げになるというものです。
フランスでは大都市を除けば、自動車は生活に欠かせないもので、燃料価格や燃料税の引き上げは市民生活を直撃します。デモの参加者にはこうした郊外に住む労働者や年金生活者などが多く、思想や信条には関係なく「お金が足りなくなる」という切実な訴えがベースになっています。
デモの参加者が着用している黄色いベスト(gilet jaune=ジレ・ジョヌ)は車の装備品です。自動車の修理やタイヤの取り換え作業の際に、安全のため着用する黄色い安全ベストです。燃料税引き上げに反対する運動が契機となり、誰でも所有している身近な黄色いベストを着て、デモを始めたのが運動の始まりです。
昨年夏ごろから国民の間に不満はくすぶっていたのですが11月17日のデモ以降、毎週土曜日になると全国で燃料税引き上げに反発するドライバーの抗議デモが組織されるようになりました。
大規模なデモとなり暴徒化が始まったのは12月2日からです。シャンゼリゼ付近で警察・治安部隊との衝突が発生しました。この影響で観光地パリでは商店が休業を余儀なくされ、規模が拡大するにつれ野次馬や暴徒が加わるようになり、ショーウインドウの破壊や商品の略奪といった被害が出ています。
「黄色いベスト」は何を訴えているのか?
このデモに参加しているのは、30-40代が多いと言われますが、実際は年齢も職業もバラバラです。反政権運動ではあるという点では参加者に共通していますが、特定の政治団体や圧力団体に支えられたものではなく、要求も様々であるため、これまでにないタイプの抗議運動とされています。
労働者や年金生活者などで、失業して完全に貧困という状態でないものの、失業率の増加や社会保障費の増加、今回のような燃料費の高騰などの生活に不満を抱える層が中心といえます。右派や左派もなく「お金が足りなくなる」という生活不安を抱え、「富裕層に搾取されている」と訴えています。
一方でこうした層は、一般的に学歴も低くリーダーシップの経験も少ないことから運動を効果的に行うための知識や経験は少ないのが現状です。そのため運動を一つにまとめて政府と具体的な交渉の案をまとめられる人がいないと言われています。そのため当初は比較的のどかな雰囲気のデモ行進などが各地で見られていました。
そこに野次馬や暴徒が混入してから建造物や設備の破壊、商店の略奪が発生しています。
一部の過激な行動をしているのは極右や極左、casseurと呼ばれる破壊者が中心で、デモに便乗してこうした行為に及んでいるとされています。
マクロン大統領はなぜ嫌われている?
フランスではEU財政基準を守るために緊縮財政を迫られています。緊縮財政を迫られている中で、国民との議論がなく、一方的に政策を押し付けるマクロン政権のスタイルには批判が集まっています。
低所得者層には燃料税引き上げや社会保障の見直しなど実質的に増税となるような厳しい政策が相次いで打ち出されました。一方では法人税の引き下げや社会保障費の軽減、解雇時の企業の罰金の上限制定など、企業寄りの政策や一部富裕層向けの課税緩和などの政策も行われ、富裕者層や企業には手厚く、低所得者層には厳しいという、マクロン大統領の政権運営に対する国民の不満が高まっています。
デモ参加者には都市部ではなく、家賃の低い郊外で生活する人が多いため、必需品である自動車燃料費の支出増加は家計を直撃します。マクロン政権は環境保護という名目は掲げていますが、価格が低く庶民の利用者が多いディーゼル燃料車を狙い撃ちにするような政策に対し不満が高まっていました。
マクロン政権は1月に予定していた燃料税引き上げを19年中は凍結すると発表しました。また低所得者層への手当の増額、法定最低賃金の引き上げ、年末ボーナスの支給、社会保障費税の増税廃止など妥協策を提案していますが、政権への不信感は収まる様子を見せていません。
海外へも影響が?
黄色いベストは反政権運動という軸はあるものの具体的な主張や体系だった公約が打ち出せている訳ではありません。マクロン政権にとってはポピュリズムの流れにあるルペン党首率いる極右「国民連合」や急進左派「不服従のフランス」の支持層を分散させることから国内においては思わぬ追い風という一面もあります。
一方フランス国内の混乱は海外にも影響が広がっています。
フランス外務省は2月上旬に駐イタリア大使の召還を発表しました。
イタリアのディ・マイオ副首相が「黄色いベスト」の参加者と会っており、内政干渉だとしてマクロン政権が反発したものです。
フランスのマクロン政権は親EU・移民には寛容なスタンスですが、イタリアのポピュリズム(大衆迎合主義)政権は、フランスとは対照的にEUに対する不信感を持ち、移民には厳しいスタンスです。
イタリアのポピュリズム政権は5月の欧州議会選をにらみ、欧州議会選で候補者擁立を検討している「黄色いベスト」との連携を模索しているとされています。今回のフランス政府の予想以上に厳しい対応を受け今後の動向が注目されます。
また2019年のフランスの実質成長率予想は下方修正が相次いでいます。
IMFやEUなどの成長率予想では、観光収入への影響や、就業者への影響、そしてマクロン政権の政権運営や改革路線の後退など今回のデモを契機に、当初予想を下方修正する動きが拡がっています。
さらに欧州議会選やイギリスのEU離脱、ドイツのメルケル首相の動向など欧州全体でリスク要因が増加しており、「黄色いベスト」の影響が海外にも波及しています。