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はじめに
資産1億円以上を保有している方々は、金融的にはある程度の自由を得ている一方で、「資産をどう運用すべきか」という問いに直面することが少なくありません。特に、「いつ始めるべきか?」というタイミングの判断は、経験がある方ほど慎重になります。
昨今の経済環境はインフレや円安が進行し、現金や円預金だけに頼った資産保全には不安を感じる局面が続いています。そんな中で、ただ待つだけでなく、「なぜ今なのか?」「どう動くべきなのか?」を考えることが、これからの富裕層の資産戦略において極めて重要です。
この記事では、2025年時点のマーケット環境を踏まえ、資産運用のタイミングに関する本質的な考え方と、その設計方法を事例とともに解説します。
富裕層が「始めるタイミング」に悩みがちな理由
過去の経験からくる「慎重さ」
富裕層の方ほど、市場での失敗体験や暴落時の記憶が強く残っている傾向があります。特に2008年のリーマンショックや2020年のコロナショックを経験している方は、「一括投資で資産を大きく減らした」というトラウマがあるケースもあります。
さらに遡れば、バブル崩壊を目の当たりした世代であれば、「投資はリスク」という拒絶反応を示してしまうかもしれません。
このような心理的バイアスが、判断を先送りにしてしまう1つです。
「条件待ち」に陥る構造
「円高になってからドル建て債券を買いたい」「景気が回復してから株式を増やしたい」など、合理的なように見える判断基準を掲げて、実際には動けない状態に陥ってしまう方もいます。
しかしマーケットは常に変化しており、理想的なタイミングは誰にも分かりません。仮に下落相場を迎えて「今が買い時!!」と思っても、「こんなに下落しているのに買っても大丈夫なのか?」と尻込みしてしまうことは往々にしてあります。
また、条件がすべて整うときは、すでに価格も織り込み済みになっているケースが多く、結果的に「ベストな時期」を逃すことに繋がります。
現金を持ち続けることのリスク
インフレ率が2%~3%の状況下では、10年間で購買力が20%以上減少する計算になります。これは資産そのものが目減りしているということを意味します。1億円の現金が、10年後には8,000万円になっていることになります。
日本の預金金利がほぼゼロに近い今、現金で保有し続けること自体が「静かな損失」を生み続けているのです。
現金は元本割れリスクがないことから安全と思ってしまいがちですが、今後もインフレが継続する可能性が高いことを鑑みると、資産を安全資産とされる現金で保有しておくことが「リスク」ということですね。
2025年のマーケット環境と注目すべき変化
米国の金利サイクルが転換点に
2023〜2024年にかけて進められた米国の利上げ政策は、2025年に入ってピークを迎えたと見られ、今後は利下げに転じる可能性が示唆されています。これは債券市場にとって追い風となり、特に長期国債や米ドル建て社債などに注目が集まっています。
現在、債券市場をはじめマーケット全体では、トランプ大統領の関税交渉における大立ち回りによってインフレ再燃が懸念されていますが、経済データで判断できる米国の経済状況は、アメリカの中央銀行(FRB)による政策金利の引き下げを示唆しています。
したがって、年後半にかけて米国の利下げがテーマになることが想定されます。
また、金利低下は株式市場にも好影響を与えることが期待されます。借入コストの低下により企業収益が改善する可能性があるほか、投資家が債券から株式へ資金をシフトする「リスクオン」の流れが加速することも考えられます。
円安・インフレの定着化
日銀が金融緩和から段階的な正常化へと動いているものの、海外との金利差は依然として大きく、円安基調はすぐには解消しないと見られています。
その他にも円安は、「世界的な資源価格の高騰」や、「デジタル赤字の拡大による外貨支払いの増加」など、複合的な要因が絡み合っていることから根が深い問題です。
また、日本のインフレは円安に加えて、お米を代表とする食料品の供給問題、人材の偏在による人手不足、輸入物価の上昇などにより今後も定着することが想定されます。
つまり、資産を守るためには、資産の購買力を維持する資産運用の活用が重要となります。
ここでのポイントは、「インフレ率を上回るリターン」が期待できる資産を組み込むという視点です。そのために、株式、実物資産(不動産やコモディティ)、外貨建て債券などは有効な選択肢となります。
債券と分配型投資信託の再評価
米ドル建て債券の利回りは依然として年4%〜5%台と魅力的です。また、日本の債券市場も徐々に利回り環境が改善しており、日本10年国債利回りは1.6%近辺まで上昇しています。米ドル建債券は利回りが高い一方で為替変動リスクが伴いますが、日本国債は為替変動リスクを伴わない点がリスクを抑えたい方にはおすすめです。
また、定期的なインカム収入を得られる分配型投資信託も富裕層のキャッシュフロー戦略に合致しています。分配型投資信託とは、保有している投資信託から定期的(たとえば毎月・隔月・年1回など)に「分配金」が支払われるタイプの投資信託です。
「投資した資産を取り崩すタイミング」でお悩みの方には、分配型の投資信託で定期的にキャッシュフローを得ていく方法が良いかもしれません。
株式市場の選別局面 インデックス投資のメリット
近年は、生成AI、脱炭素、エネルギーシフトなど特定テーマに沿った銘柄が成長を続ける一方で、業績不振や過剰な期待で割高になった銘柄も散見されます。
テーマに沿った株式投資が成功すれば、加速度的に運用利回りを上げることができます。しかし、昨今の世界情勢は目まぐるしく変化しており、今日のテーマが明日には変わっているかもしれません。
どのように株式投資を始めていくかお悩みの方には、インデックス投資がおすすめです。
インデックス投資とは、市場全体の動きを表す指数(インデックス)に連動するよう設計された投資信託やETFに投資する手法です。
代表的なのが米国の「S&P500」や、全世界株式に分散投資できる「オルカン(全世界株式インデックス)」です。S&P500は米国を代表する優良企業500社に分散でき、米国経済の成長を享受できます。一方、オルカンは先進国・新興国を含む全世界を対象に分散されており、特定の国に偏らないリスク分散が可能です。
どちらも低コストで長期的に安定したリターンが期待できるため、初心者から上級者まで幅広く推奨されています。
インデックス投資信託を資産運用の一部として活用することで、安定的なリスク分散を実現することが可能です。
「いつ始めるか」より「どう始めるか」が重要
資産運用の成否は、「開始のタイミング」ではなく、「設計と戦略」によって決まるといっても過言ではありません。マーケットの底や天井を完璧に予測できる人は存在せず、むしろ「再現性のある戦略」をもとに投資行動を継続することの方が、成果に直結します。
投資はあくまで余剰資金の範囲内で、ご自身が納得した内容で長期的に行っていくことが最善です。
そのために以下3点、①時間、②プロダクツ、③為替が重要になります。
時間分散:一括ではなく複数回に分ける
たとえば1億円を一度に投資するのではなく、3カ月ごとに2,500万円ずつ4回に分けて投資することで、マーケットの変動リスクを抑えることができます。
ここで重要なことは、タイミングを決定したら機械的に投資を行うということです。
前述の通り、「条件待ち」で投資のタイミングを逃すことを避けるためにも、自身の感情を介入させないことが大切です。
時間を分散することで、相場の平均値を捉えることができるメリットがあります。
資産分散:複数の資産クラスに配分
株式、債券、不動産、金(ゴールド)など、異なる値動きをする資産に投資することで、全体のボラティリティを抑えることが可能です。
リスク選好であれば「株式」の割合を多くして、リスクを減らしたい場合は「債券」や「金」の割合を増やすのが一般的です。
ご自身の投資方針やリスク許容度と向き合いながら、商品選定をしていくことが重要です。
通貨分散:為替変動リスクに備える
円だけでなく、米ドル、ユーロ、豪ドルなど複数の通貨建てで資産を保有することで、為替の変動に対するリスクヘッジが可能です。
代表的なものとしては、「ドル・コスト平均法」で、価格の変動にかかわらず一定の金額を定期的にドル資産に投資し続ける方法です。
今後も円安が継続することを前提とすれば、外貨建て資産に分散することが有効的です。
その他、法定通貨(中央集権型通貨)とされるドルや円と対峙するかたちで、ビットコインなどの暗号資産を組み入れることもリスク分散の一つとされます。
昨今トランプ大統領のアメリカファースト政策により、世界の基軸通貨であるドルの信任が低下していると一部で囁かれる中で、デジタルゴールドとされる暗号資産が注目を浴びています。
法規制の問題や、価格変動の大きさから依然リスクは高いため、少額を資産運用に取り入れるのが主流です。
資産運用を始めた富裕層のリアルな事例
資産運用に踏み出した富裕層たちは、どのように「タイミングの壁」を乗り越えたのか。以下に成功・失敗両方のリアルなケースを紹介します。
成功事例①:事業売却益5億円を分散運用した経営者
50代の男性経営者は、自社のM&Aで約5億円の資金を手にした後、運用先に悩んでいました。市場は高値圏にあり、タイミングを見計らっているうちに半年が経過。しかし、信頼できるIFAに相談し、以下のようなステップで運用を開始しました。
- 米ドル建て社債に2億円(年利回り4.8%)
- 国内REIT(不動産証券)に1億円(インカムとインフレ対策)
- 円・ドル建てMMFに1億円(待機資金)
- 残り1億円を3分割し、米国株ETF・先進国株・新興国株へ時間分散投資
結果、資産全体の年間利回りは3.6%程度で安定し、インフレ下でも購買力を保つことができました。
成功事例②:相続資金を3回に分けて外貨運用した女性
60代女性が相続で得た1.2億円のうち、8000万円を「為替を見ながら慎重に」外貨運用することを決断。以下のような段階的アプローチを採用しました。
- 第1回(2024年初頭):3000万円を米ドル建て社債へ(ヘッジあり)
- 第2回(半年後):2500万円を米ドル建てインカム型ETFへ
- 第3回(円安進行中):2500万円を為替ヘッジなしの米国債へ
為替変動リスクを分散しながら、実質利回り4%超を確保。計画的な配分と、相談ベースでの判断が功を奏した例です。
失敗事例:2年間預金で放置し購買力が低下
70代男性は、円安と金利上昇の報道に不安を感じながらも、「下手に動いて失敗したくない」と考え、2年間資産を普通預金で寝かせ続けました。
結果的にインフレ率はこの間に累計約6%上昇し、資産の実質価値は目減り。何よりも、「機会を逃した」という心理的後悔が、運用を始める大きなブレーキとなってしまいました。
この事例は、「動かないこともリスクである」という教訓を私たちに与えてくれます。
まとめ
本記事で紹介したように、資産運用における「最良のタイミング」とは、マーケットの予測で作られるのではなく、自身の資産戦略と準備によって築かれるものです。
完璧なタイミングを待つよりも、適切な「始め方」を取り入れることこそが、長期的な成果をもたらします。特に今のようなインフレ・円安・金利変動が続く環境では、資産を「寝かせる」のではなく、「働かせる」発想が求められます。
金融商品や運用戦略は多岐にわたりますが、最も重要なのは「ご自身に合った資産設計」です。
中立的な視点でアドバイスを行う専門家に相談することで、複雑な運用判断もより合理的なものになります。
将来の選択肢を広げるためにも、まずはご自身に合った運用方針を一緒に考えませんか。
初回相談では、マーケット動向と資産設計の方向性をご案内いたしますので、お気軽に個別相談にお申し込みください。

株式会社ウェルス・パートナー
代表取締役 世古口 俊介
2005年4月に日興コーディアル証券(現・SMBC日興証券)に新卒で入社し、プライベート・バンキング本部にて富裕層向けの証券営業に従事。その後、三菱UFJメリルリンチPB証券(現・三菱UFJモルガンスタンレーPB証券)を経て2009年8月、クレディ・スイスのプライベートバンキング本部の立ち上げに参画し、同社の成長に貢献。同社同部門のプライベートバンカーとして、最年少でヴァイス・プレジデントに昇格、2016年5月に退職。
2016年10月に株式会社ウェルス・パートナーを設立し、代表に就任。超富裕層のコンサルティングを行い1人での最高預かり残高は400億円。書籍出版や各種メディアへの寄稿、登録者1万人超のYouTubeチャンネル「世古口俊介の資産運用アカデミー」での情報発信を通じて日本人の資産形成に貢献。医師向けサイトm3.comのDoctors LIFESTYLEマネー部門の連載ランキング人気1位。
メディア掲載情報:「m3.com」「ZUU online」「MONEY zine」「マネー現代」でコラムを連載中